【当院発表の入浴事故(3) 】 公開日2025.04.21 更新日2025.04.21 HOMEへ メニューを隠す 次のページへ
このページは現在作業中です。
このページの内容は、日本循環器学会関連雑誌「心臓」に掲載された以下の当院オリジナル論文の概説です。:
●は当院での調査結果と考察です。○は過去論文の資料です。×は現在は間違っていると考えられる内容です。
重要ポイントがわかりやすいように箇条書きにしました。
このページの内容は、日本循環器学会関連雑誌「心臓」に掲載された以下の当院オリジナル論文の概説です。
●(3)前田敏明,前田貴子:入浴は家庭よりも共同浴場が安全なのか-入浴中急死リスク評価-.心臓2023;55:836-842
ネット上の「J-stage( www.jstage.jst.go.jp )
」または「Google Scholar(https://scholar.google.com/)」でキーワード「前田敏明 入浴事故」で検索するとPDFをダウンロードできます。
「入浴は家庭よりも共同浴場が安全なのか」の概説
○×従来は
(1)共同浴場(温泉、銭湯)の脱衣室は暖房が効いており、お湯との温度差が小さくなってヒートショックによる入浴事故が減り安全である。
(2)入浴事故が起きても同時入浴者が救助するので安全である。
(3)実際、共同浴場の心肺停止事故数は家庭よりも遙かに少ない等の理由から温泉銭湯は家庭よりも安全と考えられてきました。
●しかし、当院が入浴回数当たりの入浴中心肺停止件数を計算してみると、その数は温泉・銭湯の方が多かった。理由は、(1)入浴中急死の原因はヒードショックではない。(2)温泉の方が家庭よりも身体あが温まるので熱中症(熱失神)が多くなるためと考えられた。
● 抄録
方法
入浴中急死件数ならびに住民の入浴頻度を、家庭と共同浴場に分けて(山口市)調べた。
@ 総入浴中急死件数に占める各施設の比率(各施設のA1)と総入浴回数に占める各施設の比率(各施設のB1)を調べた。これから入浴回数あたりの入浴中急死件数の指数(各施設の入浴中急死リスク値:A1/B1)を求めた。
A全国人口動態統計から総浴槽内溺死件数に占める商業等施設の比率(A2)を調べた。
B山口市民が家庭と共同浴場のどちらでより温まるかを調べた。
結果:
@入浴回数あたりの入浴中急死件数は共同浴場が家庭の3.3倍多かった。
A総浴槽内溺死件数に占める商業等施設の比率(A2)は5.9%であった。
これは商業等施設の一般的な利用頻度よりも明らかに高かった。
B入浴は家庭よりも共同浴場の方が温まると答えた人は約9割で、共同浴場では熱中症による入浴事故が多くなると推測された。
結論:
入浴回数あたりの入浴中急死件数は家庭よりも共同浴場の方が多かった。入浴中の熱中症事故が共同浴場で増加するためと考えられた。
●はじめに
○@入浴中急死の8割以上は家庭や宿泊施設の個別浴室で発生していること、
○A共同浴場(温泉・銭湯などの大浴場)では事故発生直後に救助されることが多く、発見時の心肺停止率が低いこと、
○B気温が低いと入浴事故が増加するため、脱衣室が寒くないように管理されている共同浴場では入浴事故が減少すると考えられていること、@ABから共同浴場での入浴は家庭よりも安全であるとされてきた。
しかし、全国人口動態統計の浴槽内溺死件数では商業等施設(共同浴場とほぼ同じ)の割合は全体の約6%であり、施設利用頻度に比べて明らかに多かった。
●
各入浴施設の安全性を論じる場合には入浴中急死件数の絶対数ではなく、入浴回数あたりの入浴中急死件数で評価しなければならない。この点で、従来の共同浴場の安全性評価は科学的検証が不十分であった。
●対象および方法
【調査対象者】
前回と同じのため省略
【調査項目】
@家庭または共同浴場における入浴回数あたりの入浴中急死件数の指数(入浴中急死リスク値)を次の式で定義した。
各施設の%入浴中急死件数(A1)=総入浴中急死件数に占める各施設の比率、各施設の%入浴回数(B1)=総入浴回数に占める各施設の比率とし、各施設の入浴中急死リスク値=A1/ B1として、家庭と共同浴場で調べた。
A全国人口動態統計における施設別の浴槽内溺死件数から、総浴槽内溺死件数に占める商業等施設の比率(A2)を調べた。
山口市での共同浴場の%入浴回数を参考に、全国での商業等施設の%入浴回数(B2)を推定した。
これらから全国の商業等施設での浴槽内溺死リスク値(A2/B2)を求めた。
B山口市で宿泊付き温泉の%入浴中急死件数(A3)を調べた。
全国の温泉宿泊利用状況資料から宿泊付き温泉の1日あたりの利用者数を調べた。
国民総人口と山口市で調べた浴槽浴頻度を参考に国民全体の1日あたりの総入浴回数を推定し、全国での宿泊付き温泉の%入浴回数(B3)を計算して山口市での同値の代用とした。
これから宿泊付き温泉の入浴中急死リスク値(A3/B3)を求めた。
C調査回答者に「家庭と温泉・銭湯ではどちらの方が入浴直後に温まっていますか」と質問し、より温まる入浴施設の割合を求めた。
●結果
@山口市での家庭と共同浴場の
入浴中急死リスク値
山口市での調査で総入浴中急死件数は463件あった。
%入浴中急死件数は家庭90.9%(421件)、共同浴場8.9%(41件)、老人ホーム0.2%(1件)であった。
山口市民1,610人の%入浴回数は家庭97.2% (254.0回/年/人)、共同浴場2.8% (7.6回/年/人)であった。
年齢別の共同浴場の%入浴回数は20・30歳代2.2%、40歳代2.2%、50歳代4.0%、60歳代3.3%、70歳代3.2%、80歳以上1.9%であった。
表1 山口市における家庭または共同浴場の入浴中急死リスク値の計算
入浴施設 | %入浴中急死件数 (A1) |
%入浴回数 (B1) |
入浴中急死リスク値 (A1/B1) |
家庭 | 90.9% |
97.2% |
0.935 |
共同浴場 | 8.9% |
2.8% |
3.1 |
老人ホーム | 0.20% |
- |
- |
合計 |
100% |
100% |
家庭の入浴中急死リスク値は0.935であった。
入浴中急死件数と入浴回数はともに家庭が大部分を占めるために、家庭の入浴中急死リスク値は1に近い値になった。
山口市に限らずほとんどの地域では家庭の入浴中急死リスク値は1に近い値になるため、家庭の入浴中急死リスク値の地域変動幅は小さいと考えられた。
以下では他地域での家庭の入浴中急死リスク値または全国での家庭の浴槽内溺死リスク値は山口市で得られた家庭の入浴中急死リスク値で代用した。
共同浴場の入浴中急死リスク値は3.1になり、家庭の3.3倍(3.1/0.935)であった。
入浴回数あたりの入浴中急死件数は共同浴場が家庭の約3倍多いと推測された。
共同浴場での入浴は家庭よりも安全であるという従来の見解とは逆であった。
A全国人口動態統計の浴槽内溺死件数から推定した商業等施設の浴槽内溺死リスク値
表2 浴槽内での溺死及び溺水による事故発生施設別死亡数 |
|||
死亡した施設 |
溺死件数 |
比率 |
その他と詳細不明を除いた比率 |
住居 |
5,424人 |
91.4% |
94.1% |
商業等施設 |
341人 |
5.7% |
5.9% |
その他 |
29人 |
0.5% |
(-) |
詳細不明 |
138人 |
2.3% |
(-) |
合計 |
5,932人 |
100% |
100% |
平成30年度厚労省人口動態統計に「浴槽内での溺死及び溺水による事故発生施設別死亡数」(表2)がある。
この中の住居(家庭と居住施設)と商業等施設での溺死・溺水による死亡のほとんどは入浴中である。
浴槽内溺死事故発生施設のうち、その他と詳細不明を除外して住居と商業等施設の2つに分けると、商業等施設の比率は5.9%であった。
入浴回数あたりの浴槽内溺死件数が住居と商業等施設で同じになるには、商業等施設の利用回数が入浴回数全体の約6%でなくてはならない。
しかし、平均的な日本人の商業等施設の利用頻度はこれよりもかなり低いことは明らかである。
そのため全国レベルでの入浴回数あたりの浴槽内溺死件数は、家庭よりも商業等施設の方が多いと考えられた。
商業等施設の全国平均%入浴回数を仮に1.7%とすると、商業等施設の浴槽内溺死リスク値は3.5になり、山口市における家庭の入浴中急死リスク値の3.7倍(3.5/0.935)になった。
B宿泊付き温泉の入浴中急死リスク値
今回の調査では総入浴中急死件数463件中に宿泊付き温泉は16件、宿泊付きか日帰りか不明の8件を含めると24件あった。宿泊付き温泉の%入浴中急死件数(A3)は3.5%〜5.2%であった。
次に山口市民の宿泊付き温泉の%入浴回数を全国平均と同じと仮定して、以下の方法で宿泊付き温泉の%入浴回数を求めた。
平成30年度環境庁調査では、全国の温泉宿泊利用者数は1日あたり357,708人である。平成30年8月1日の国民総人口は124,218千人である。週1回以上共同浴場を利用する人を除く20歳以上の山口市民1,569人の調査では、日々71.6%の人が浴槽浴を利用していた。
全国平均がこれと同じと仮定すると、1日あたりの国民総入浴回数は88,940千回と推定された。宿泊付き温泉の%入浴回数(B3)は0.402%になった。
宿泊付き温泉の入浴中急死リスク値(A3/B3)は8.7〜13となり、山口市での家庭の入浴中急死リスク値の9.3〜14倍と推定された。
C家庭よりも温泉・銭湯での入浴の方が温まる
家庭と温泉・銭湯の両施設を利用する1,163人(男581人、女582人)を対象に「温泉・銭湯と家庭では入浴後にどちらの方が温まっていますか」と質問した。「温泉・銭湯です」と答えたのは、若壮年群(20歳〜49歳475人,男 229人,女246人)94.1%、中高年群(50歳〜69歳430人,男226人,女204人)92.8%、老年群(70歳以上258人,男126人,女132人)84.5%、全体では91.5%であった。残りは家庭と温泉・銭湯で同程度に温まると答えた。男女間または各年齢群間で有意差はなかった。このため性別や年齢に関わらず、熱中症による入浴事故は家庭よりも共同浴場でかなり多くなると推測された。
【考察】
1.山口市・宮城県鳴子町・東京都・大阪府ならびに全国の調査では、入浴中急死または浴槽内溺死リスク値は家庭よりも共同浴場の方が大きい
@○宮城県の温泉地である鳴子町から入浴中急死107件を旅行者と地域住民に分けた報告がある。1日あたりの宿泊人数を旅行者の人口と見なして、人口あたりの入浴中急死件数を調べている。旅行者では地域住民の34倍多かった。
A○大阪府監察医事務所が取り扱った浴槽内死亡2,063件の施設別割合は、公衆浴場(共同浴場とほぼ同じ)6.6%であった。大阪府住民の公衆浴場の%入浴回数を仮に1.7%とすると、大阪府での公衆浴場の入浴中急死リスク値は3.9になり、山口市での家庭の入浴中急死リスク値の4.2倍になった。
B○東京都監察医務院の検案資料では3,012件の入浴中急死があった。施設別の割合は商業等施設(有料浴場・宿泊施設)6.3%であった。商業等施設と共同浴場はほぼ同じである。共同浴場の%入浴中急死件数はおよそ6%と推定された。東京都での共同浴場の入浴中急死リスク値は大阪府と同程度と考えられた。
C○全国での浴槽内溺死統計資料から求めた浴槽内溺死件数における商業等施設の割合は5.9%であった。商業等施設の浴槽内溺死リスク値は大阪府や東京都の同施設の入浴中急死リスク値と同程度と推測された。
以上のように入浴回数あたりの入浴中急死件数または浴槽内溺死件数は、いずれの資料においても家庭よりも共同浴場の方が多いことを示していた。
2.共同浴場での入浴事故件数は家庭よりも約4倍多い
共同浴場での入浴事故は同時入浴者によって救助されることが多いために、浴槽内事故の発見時生存率は家庭よりも共同浴場がおよそ○●3倍〜5倍高かった。●入浴事故生存率は家庭11%、共同浴場33%であった。これから計算すると、入浴回数あたりの入浴事故件数は共同浴場が家庭の4.4倍(3.3×(1-0.11)/(1-0.33))と推定された。
つまり、入浴回数あたりの入浴事故件数は共同浴場では家庭の約4倍多く発生している。しかし、共同浴場では早期に救助されることが多いために、共同浴場での入浴回数あたりの入浴中急死件数は家庭の約3倍に低減していることを示している。
3.脱衣室の暖房が入浴事故や入浴中急死を減らす効果は限定的
入浴中急死は入浴時の血圧変動によって誘発された脳血管疾患または心疾患のためであるとする血圧変動説がある。ヒートショック説として一般人の間で広まっている。しかし、●○入浴事故で救助された生存者では脳血管疾患は1割未満、心疾患は稀であった。入浴事故死亡者の脳卒中と心疾患の頻度も同様と考えるのが妥当である。これからたとえ脱衣室の暖房で血圧変動が小さくなったとしても、総入浴中急死件数への影響は多くとも10%以下になる。冬には夏の5〜8倍入浴中総急死件数が増加することを説明できない。
○また、ほとんどの共同浴場の脱衣室は寒くないように温度管理されており、浴室も湯気で満たされて暖かい。血圧変動説からすると共同浴場は家庭よりも湯温がやや高めが多いことを除くと理想的な温度環境である。そのため共同浴場での入浴中急死は家庭に比べて少なくなると考えられてきた。
●
しかし、今回の調査と他地域の調査資料では入浴回数あたりの入浴中急死件数は家庭よりも共同浴場の方が多かった。これは脱衣所の暖房による入浴中急死の減少効果が小さく、共同浴場には入浴中急死を増加させるもっと重要な別要因があることを示唆している。
4.入浴中急死はなぜ共同浴場で多くなるのか
○入浴中急死の約9割は浴槽内で発生している
●
著者らは中等症または重症の浴槽内事故の約9割に初発症状として失神と考えられる意識消失が見られると報告した。
○
日本法医学会は浴槽内で発見された心肺停止者の約6割に溺水所見があると報告した。
これらを総合すると、入浴中急死の半数以上は失神から始まる溺死であると考えられる。
●山口市民の入浴法調査では年齢や性別にかかわらず、約9割の人が家庭よりも共同浴場の方が温まると答えた。共同浴場では家庭よりも熱中症事故が増加すると推測された。
○失神は低血圧による脳血流の低下・停止であり、熱中症の初期症状でもある。
●宿泊付き温泉での入浴中急死リスク値は今回の調査では家庭の9倍以上、○鳴子町の調査では34倍も大きかった。宿泊付き温泉と銭湯・日帰り温泉を合わせた共同浴場の入浴中急死リスク値が山口市、大阪府や東京都において家庭の約3〜4倍であったことに比べて、これらは一段と大きかった。このことは宿泊付き温泉での入浴中急死の増加には、熱中症の発症とは別の要因があることを示唆している。
●共同浴場での入浴中急死のほとんどは独り入浴中であった。
○宿泊付き温泉では同時入浴者がいない夜遅い時間帯や早朝での入浴が少なくない。他方、日帰りで温泉や銭湯を利用する人が独りで入浴する機会は稀である。●宿泊付き温泉ではしばしば独りで入浴するために、日帰り温泉・銭湯よりも入浴中急死が増加したと推測された。
●結語
入浴回数あたりの入浴中急死件数は共同浴場が家庭よりも3〜4倍多かった。共同浴場では家庭よりも温まる人が多く、入浴中の熱中症事故が増加するためと考えられた。また、宿泊付き温泉では独りで入浴することが、入浴中急死をさらに増加させる要因になっていると推測された。